中世のファーストコンタクトSF「異星人の郷」
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正直、読み始めは非常に取っ付き難く、と言うのも文体がとてもSFとは思えない昔に読んだ「薔薇の名前」のようないかにも中世の物語(本の帯見出しが中世のファーストコンタクトと謡っているので当然だったのですが)と言った趣きで始まっているからでもあります。この「異星人の郷 上 」はネットのSF評価で面白そうだったので去年の帰国時に購入していたものの、ちらっとページを開いたものの前述のように取っ付きにくい文体もあって読む気がしていなかったのですが、夏の帰省を前に読む本(正確にはSFが尽きてしまったので)半ば仕方なく読み始めたと言う感じでした。それでも実は一度読み始めて挫折したのですが、つに読む本もなくなり暇つぶしにと読み始めたのですが、上下巻の上巻が終わる頃には下巻を待ちきれないように一気に読みきってしまいました。
導入部分は前述の通り中世(のど真ん中?後半?である14世紀あたり)のドイツの田舎町にある教会の司教であるディートリヒの日常から始まります。これらが何とも取り付き難い印象を受けるのですが、読み終わって全て導入部の中世の小村の様々な人物像も伏線の一つだったと後で分かります。早々に異星人であるクレンク人の宇宙船が難破して、主人公であるディートリヒ神父の手助けを借りながら船を修復し始める異星人と中世の村人との関わりが物語の主軸として進んでいきます。その中で、この小説が秀逸なのは中世のヨーロッパにおけるキリスト教の宗教観と村人の生活をあくまでリアルに描きつつ、そこに異星人が入り込んだ日常を違和感なく描いているところでしょうか。実際に異星人も人間に近い生物ではなく、物語の中でバッタと呼んでいるように昆虫に近い生き物が進化した姿と社会を示唆しながら、中世の人類との溝を赤裸々に描いていきます。その中で中世らしい臨場感を与えているのは、あくまでリアルなキリスト教の存在感と村人の実生活の描写、ヨーロッパが当時局面していた貴族諸侯の戦争かと思います。
そして、下巻は当時避けては語れないペスト禍に晒される村の極限状態に向かってクライマックスを迎えていきます。そんな中世の描写と平行してというかエッセンスとして文章の比率は三分の一もないのですが、ランダムに入る現代の考古学者トムと物理学者シャロンのカップルの話が、この中世の村で起きたファーストコンタクトを半ば客観的に描写していく形です。正直言って、途中からこの現代のエピソードがどのような意味を持つのか半ば疑問だったのですが、下巻の最後、小説のラストで明かされる物理学者と考古学者の奇跡的とも言える邂逅がこの村と異星人に光を当てるところは、本当に感動します。中世の本編の最後は、ペスト禍の中で地球に残ることを決めたクレンク人とディートリヒ神父、村人、領主との会話の描写の中に読み取れる中世のペスト禍の絶望感の中での希望みたいなものが垣間感じられる余韻が、これまた感動的というか重厚なラストになっています。特に中世のキリスト教の宗教観の世界の中でも、現代人に劣らない直感と科学者たる主人公のディートリヒ神父が存在感があり、領主との友情の中で示唆される神父の過去(恐らくはお尋ね者だった)と人間としての葛藤、それでも神父としての立場を全うせざるを得ないラストで、中世編は村がペストで全滅して居残った異星人たちも死に絶えるであろうところで終わります。そしてあまり出番のなかった!?現代編でフィナーレとなるのですが、この現代編の最後の描写のためだけに物語の全てがあったともいえる感動的かつ重厚な読後感を味わえます。
ハードSFばかりを読み続けてきて本書を読むと、最初の取っ付き難い文体も相まって本書の魅力をうっかり見逃すところでしたが、読み終えて全く社会や進化の過程が異なるであろう異星人との交流とそんな異星人を受け入れたディートリヒ神父を始めとする中世の人々、そしてそこに辿り着いた現代の若手研究者の暖かさなど、読み終えてSFならぬ物語を読み終えた読後感があります。SFの著名な賞でであるヒューゴー賞にはノミネートされたものの受賞は逃しているとのことですが、本書はSF小説の枠に収まらない感があるのは私だけではないかと思います。ヒューゴー賞を逃したために知名度が落ちている作品だとすると本当に勿体ない作品だと言えます。貴重な本書を読みにくSF小説と思って危うく読む機会を逸するところでしたが、改めてSFという題材の懐の深さと面白さを実感させられた小説でした。
※追記ですが、ネットで検索している際に参考になりそうな本書の感想を記したブログを見つけましたので、リンクさせていただきました。(特に下段の「愛書家の縁側」のブログは何だか凄い読書家の方の感じです。。。)
冷蔵庫にはいつもプリンを:【感想】マイクル・フリン『異星人の郷(さと)』
愛書家の縁側:管理番号F039-001・002
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