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02

Dec

2021

人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)

この書籍も新聞の書評欄で見かけて暇つぶしにと思って購入しておいた本なのですが、読み始めたら一気に読了してしまいました。昨今のご時世で「気候」というと真っ先に地球温暖化が連想されてしまい、気候の学術書というと地球温暖化の肯定かアンチの不定かみたいな話になりがちなのですが、本書は地球温暖化の是非はさておき、地球史というスパンで眺めた時の気候の変動を通じて、人類の関りとこの先の未来の貴重なものの考え方を提示しています。

 そんな本書のなかで最初の方で、じゃ結局昨今の地球温暖化は気候史の中ではどうなのかというのは、簡単に恐らくは寒冷化に向かっていてもおかしくない傾向が温暖化傾向になっているという程度には触れています。ただ、本書でも述べられているように本来は人類にとっては厳しい気候である寒冷化を人類の活動の結果?として温暖化に転じているのであれば、良いことなのか悪いことなのかという議論は別にある(本書の立場ももちろんどちらでもなく、そんな判断すら一つの傾向的判断の結果に過ぎないという形で述べられています)。

 冒頭の時間スケールの物の見方の違い(1000年、一万年、十万年、5億年となると本当に天文学的な時間スケールですが)と人類というせいぜい100年単位でのスケールしかない我々の見方から見ると、「地球にとっての正常な状態」という定義すら哲学的な話になってきます。そんな地質学的スケールが密接に天文学と関係している(ミランコビッチという聞いたことだけある名前がこのことだとは知りませんでした)点も本当に目から鱗の話です。そして、著者がかかわった水月湖の話や堆積物から古代の植生や環境を再現する探究には本当に頭が下がります。

 そんな全編に渡って本当に目から鱗が落ちるような話が満載されている本書の中で、最も心に残ったのは最後の方の章で、激動する気候変動に対して古代の人類がどういう生き残り戦略を取ったのかという事実(推察)を気候変動とそれに伴う植生の変化から述べているところです。定説として狩猟採集社会の(後に農耕技術を発明したからこその)発展形としての農耕社会があるということで教わってきましたし、今の今までそれを疑うこともなく生きてきました。しかし、著者の科学的根拠に基づく推察からは全く違う姿、すなわち気候変動に対する生き残り戦略として、敢えて農耕技術に手を付けずに狩猟採集社会を維持することで対応してきた人類の姿が浮かび上がってきます。本書にあるこの下の記述を読んだときには、一見、人類社会の探求とは無縁に思える地質学、古気候学が我々人類の最も大事なルーツに至るところは本当に感動してしまいます。

「氷期を生き抜いた私たちの遠い祖先は、知恵が足りないせいで農耕を思いつけなかった哀れな原始人などではなかった。彼らはそれが「賢明なことではない」からこそ、氷期が終わるまでは農耕に手を付けなかったのだ。」

 
 著者の中川毅先生はこんなタイムスケールでの分析をお仕事にされているせいなのかも知れないのですが、本当に多様性と幅の広い価値観で気の遠くなるような地質学を読み解いて、前述したような我々人類祖先の名誉回復!?までされているところに感動を覚えずにはいられません。「私たちは愚か者の子孫ではない」という一文にたどり着くまでにどれだけの膨大な努力と研究がなされたのかということを本書から読み解くと、本当に鳥肌が立つような感動と感慨に至ります。

 そして最後の「エピローグ―次に来る時代」のなかで述べられている多様性についての中川先生の考え方と、「全体主義国家が大戦の勝者にならず、共産主義国家が冷戦の勝者にならなかったことは、おそらく単なる偶然ではない」という下りは、手前みそながら良い悪いは置いておいて、将来人類が統一国家を形成するような時代が来るなら恐らくは米国式だろうと思っていた私のおぼろげなアイデアを理論的に補強していただけた?感じがして思わずうんうんという感じでした。別に米国がベストとは思わない中で、人類にとって(現時点で)ベターな選択は米国なのだろうかと思います。それは言うまでもなく「多様性」を決して否定しない国是が根拠なのですが、本著はそれを論理的にかつ地球の年代スケールで見事に結論付けている点が本当に凄いと思います。

 ということで、中川先生の100億の人類シナプスの一員たる個人の考え方と、本当に謙虚な人柄が随所に伝わってくる書籍で、いつもながら題名からは想像もつかない素晴らしい書籍を読了できたという感謝で一杯です。是非、先生の考察を深堀した続編を読みたいものです。

本作品の評価:5

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