Sat

30

May

2020

オーラリメイカー

こちらもコロナ禍の中、Kindleで購入して読んでみたSF小説です。Amazonの書評を参考に選択するケースが多いのですが、本作も日本人作家ながらにも本格ハードSFになっているとのことで、非常に楽しみに読んでみました。冒頭から既に銀河全体に知的生命体の共同体(アライアンスと呼んでいるところが分かりやすい)が2系統存在していて、その片方は人工的な知的生命体(いわゆるAI)である”知能流”と呼ばれる勢力で、もう一つは炭素の物理的な生命体であることが示唆されている自然知性体と称される”連合”であり、主人公たる観察者の”イーサー”が属する”連合”の共同体がとある恒星系を探査しているシーンから始まります。様々な観測から恒星系を改竄している痕跡があり、それを成し遂げている高度な知的生命体との接触を試みます。この惑星規模のスケール感を既に通り越して、恒星系を人工的にいじる!?という発想からして既にワクワクしてくるストーリー展開です。

 その後、物語の視点は複数の視点から描かれますが、それぞれの視点がこの壮大な小説を構成する立場からの伏線になっていて最後まで読んだときに全ての視点が収斂する構成には圧倒されます。一つは観察者としての主人公?たる人類出身でその後に人工的な知性体へ変換して物語を最後まで見届ける役割の前述の”イーサー”と呼ばれる主観者で、途中から自然知性である”連合”から人工知性の”知能流”に「変換」しているのですが、最も文中の表現を借りると”いまやほとんどの自然知性が意識をネットワークに転写し、《知能流》に移住しているのだ。”とあるようで、結局は遠い未来は限りのある肉体の自然知性は衰えていって、半永続的な人工知性に置き換わっていくことが暗示されています。
脇道にそれましたが、もう一つの大事な視点としてそもそも自然知性から作り出された人工知性がどうやって「意識」を手に入れて、それが”知能流”として自律的に活動していくのかという過程を”わたし”と呼んでいる「欠陥のある」人工知性からの視点、そして”篝火(トーチ)”人と呼ばれる銀河系のとある地球に似ていなくもない惑星文明からの視点、最後はオーラリメイカーの女王そのものの視点からという複数の物語が絡み合いながら、最後の章へ進んでいきます。
その過程で明らかにされる銀河系の文明像というのは、なかなか一言では表現できないほど壮大で圧倒されるスケールなのですが、何とか要約しようとすれば銀河だけではない宇宙規模での自然淘汰と生態系原理(種の保存)とでも呼ぶべきものでしょうか。そのキーメーカーがオーラリメーカーとなるのですが、文明としての知性を持たないオーラリメイカーが果たす、銀河系はては宇宙規模での役割というのが何とも驚愕すべきもので、主に”篝火”人の視点から描かれるオーラリメイカーはいわゆる神としての立場にもなり得るのですが、実際のオーラリメイカー自身は昆虫である蟻と同様の思考と種の保存に従った本能に基づいた行動だというギャップでしょうか。

 そして物語はその”篝火”人がオーラリメイカーに導かれる形(実際にはオーラリメイカーが銀河系の外縁まで到達しきってしまった種族の生存範囲を他の銀河へ何とかして到達しようという生存本能がなせる業の結果に過ぎないのですが)で、星系まるごと他の銀河へ移動するというクライマックスで、その後の文明の存続とその意味を最初からの主人公たる”イーサー”と人工知性のなりそこないだった”わたし”が、オーラリメイカーと共に宇宙規模で一つの「解」を求めていくという会話のシーンで終わるところで収束していきます。そのあっさりとした短い会話の非常に深遠で、ともすれば惑星文明や人類など存在の意味を示唆する内容の深さには正直、鳥肌が立ちました。小説のラストはとあるオーラリメイカーがその知性とは言えない本能に基づいた生存戦略の中で、とある恒星系の惑星誕生を補佐するシーンで終わりますが、何となく太陽系の地球の成り立ちともいえるその描写は、ともすれば宇宙規模での謎ともいえる惑星の成り立ちや恒星の運動も、こんな「知性のない」オーラリメイカーが起こしている種族の生存本能に過ぎないのかもという示唆は、謎にみちている宇宙ももしかしたら地球の生態系が壮大なスケールで行なわれている結果に過ぎないという作者の意図が見え隠れして、この小説のスケールと異色さを感じざるを得ません。

この表題の「オーラリメーカー」だけでも凄い和製SFだと思うのですが、同時掲載されている中編の「虹色の蛇」もおそらくは「オーラリメーカー」と同じ世界設定で(ただし、もう少し時代は手前で異星人種族とのコンタクトが進み始めた時代に、「外交官」として器官の一部を改変した過去を持つ主人公が辺境の星でガイドを務めている中のでの日常譚という異色の設定)進む不可思議な雲の話は、SF要素満点でこの著者の幅の広さを感じさせます。巻末にこの「オーラリメーカー」がハヤカワSFコンテストの大賞を逃した優秀賞という解説が選考委員から述べられていますが、この作品が大賞でないのであれば何が大賞なのかという疑問は感じつつも、手厳しい選考委員の評を読むと本当に過去にないSFを渇望しているのが伝わってきます。確かにかつて小松左京のような偉人を生み出している日本のSF界なわけですから、期待が大きくなるのも分からないではないのですが。。

そういう意味ではこの「オーラリメーカー」も世界観からして、私が愛読していたジーリーシリーズのバクスターのようなシリーズにもなり得ますし、以前に読んだ「オービタルクラウド」という作品も十分に期待できるのではと思います。いづれにしても一読して損はないSFですし、今後の作品にも期待したいと思います。


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