Sat

28

Dec

2019

異色のダークモダンホラーSF「鼻」

   鼻 (角川ホラー文庫)

この本はAmazonの書評で「終わりに希望はないがどんでん返しが魅力」的なコメントが多かったので、それにつられて購入しておいたものです。暇な時に読もうかと思い、年末年始休みに何となく読んでみたら、内容に引き込まれて一晩で読んでしまいました。項数も薄く、表題作の「鼻」を含めて3つの短編が収録されている短編集なので、まああっという間には読めてしまうのですが、この著者の曽根圭介さんの構成力と行間に見られる筆力と言うか、独特の世界観の構築力には思わず引き込まれずにはいられないといった感じです。確かに3つの短編全てで、ラストの絶望感というか不条理な結末はなんともいたたまれない感じなのですが、想像していたよりかは普通に!?読むことが出来ました。というか、予想していたような読了後の不快感のようなものは全くなく、むしろこれらの独自の世界観から導かれる何とも諦めるしかないような“痛い”結末という感じでしょうか。なかなか読んでみないと分からない感覚ではあります。
 表題の「鼻」ですが、このストーリーのメインの世界!?であるテングとブタの2つの人種が住んでいる日本が舞台で、そのテングがブタから迫害される世界が何ともリアルで、ナチスのユダヤ人迫害を連想させる緊迫感が伝わってきます。そこに時々折り込まれる現在の通常の世界で起きている少女の行方不明事件を追う刑事のエピソードが、メインの世界と何の繋がりがあるのか、最後の方まで全く想像がつかなかったのですが、その分、2つの世界が一つに繋がるラストには息を呑むというか圧感される構成で、なかなか最初に読まれる場合は、衝撃なのではないでしょうか。恐らくは読み返すと色々な伏線が張られていて、ああなるほどといった感じで何遍も楽しめる短編と言えます。
 そんな表題作の「鼻」なので、これから何度か読み返したいと思っているのですが、実はその前に既に4、5回は読み返してしまった短編が最初の「暴落」というこちらも近未来?SF的な設定の世界観のホラー?です。主人公の結婚を控えた若い銀行員の男が主人公で、趣味でやっている株投資?の株価が気になる何気ない彼の日常描写から始まるストーリーは、まず最初の違和感が電車に乗ってきた老人に皆が競うように席を譲るところから最初の「おや?」という異和感が始まります。この異和感が重なるに連れて、どうやら彼が気にしていた株価というのが自分自身の株価で、この世界では個人の価値や評価が全て株(本当の株の意味で、後に明かになっていく市場のルールがそのまま人生を左右する重大な事由になっています)で決まり、個人の株の価値を決めたり売買する「市場」が存在することもあきらかにされます。「かつて法の支配が失敗した世界を株の市場が見事に機能した」世界であることがさらっと一文足らずで説明されていたり、なかなか独創的な世界でこれだけでも長編が成立しそうな舞台なのですが、贅沢なことにあっという間に読み切れてしまう短編に仕立てられています。その分、スピード感のある展開と凝縮された前述のような描写が何とも濃厚で、幾つかのどんでん返しの後に衝撃のラストになってしまいます。
 そして二つの短編の間にある「受難」ですが、これも通常の現代の日本の話だと思われる反面、主人公が陥ってしまった状況が何とも日常世界と紙一重に存在する恐怖が増幅されて、なかなかホラーの真骨頂を具現化しているという読み応えのある短編です。
 本当に薄い文庫本なのですが、収録されている三遍とも秀作を遥かに超えた傑作ばかりで、しばらくは手元において読み返したい本です。今までは希望のないラストなど分野に関わらず本として読む価値がない!なんて思っていたのですが、いつぞやに読んだ「隣の家の少女」のような読後に不快感が残るようなものでもなく、サラッとしたホラーになっているのは著者の特徴なのでしょうか?!今まで敬遠していた不条理で絶望的なラストのオチも割と異和感なくストーリーとして楽しめる!?異色の作者かと思います。この本をきっかけに曽根圭介さんの他の著作、特に長編にチャレンジしてみたいと思います。



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