Sun

01

Feb

2015

本当に「気が遠くなる未来の宇宙のはなし」です

気が遠くなる未来の宇宙のはなし

先の「眠れなくなる宇宙のはなし」に引き続いて読了した今回の「気が遠くなる未来の宇宙のはなし」でしたが、後述する最後の夜(章)の著者の佐藤さんのお話が、まさに私がかねてから想像というか(妄想でしょうか!?)これこそが究極の人類の目標ではないかという記述がありました。最初の「眠れなくなる~」も同様でしたが、佐藤さんの丁寧な解説というか解説を超えた分かり易い語り口で、最初から最後までどんどん引き込まれます。それでも内容としては、既に読んでいる他の最新宇宙論に出てくるマルチバース論や加速膨張する宇宙の最後の空虚な姿などは、最近のハードSFの土台にもなっているものです。
 何度か他の本でも読んでますし、ハードSFにも出てくる姿なのですが、膨張しきった宇宙の最後が素粒子すらも存在しない終わり方というのは何とも寂しいものです。しかし、本書には現在ではまだ解明されていないダークマター(ダークエネルギー)が今後の大統一理論の鍵を握るということで、かつてのニュートン力学に対する相対性理論のようなインパクトがあるのではと予想しています。それであれば現在の宇宙論で予想されている宇宙とはまた違った終わり方となる可能性の方が高いですね。
 最初の「眠れなくなる~」であったように、古代の人々からは想像もできない宇宙の姿の変化があったわけですから、この際の長い人類の歴史の中でどんどん宇宙の姿、しいては宇宙の未来も書き換えられる可能性の方が高い気がしています。
 それはそれとして、佐藤さんが最新の理論や世界の学者の論拠として紹介しつつ述べられている最終夜(最終章)での、人類の未来の可能性には共感と共にポジティブで今の人類が生きる意味、究極の目標としての存在意義を感じます。今後の100年、1000年スケールで太陽系、10万年スケールでは銀河系にその活動域を広げるという話や、地球型生命体であるタンパク質の殻を破って宇宙型生命体に自己進化するなどという話は、学者というよりかはどこかのハードSFの話のようなのですが、これらも一つの可能性として不可能ではないのでしょう。
 最終章は、この本のテーマというか主題である宇宙の終末とは一歩離れた感のある異色な感じではあるのですが、佐藤さんの宇宙論入門であるこのシリーズ3部作(実は2部目にあたる本はまだ読んでないのですけれども)にある宇宙論の意義、しいては人間の存在意義を探求する学問の一つとしての想いがよく伝わってきます。人間進化にある「1万年前の心」のままという話も納得させられると共に、非常に興味深いです。
 本書の中でも宇宙の終末の形に関わらずに、孫宇宙、子供宇宙への生成や脱出の可能性など、まるでバクスターシリーズのジーリー顔負けのテクノロジーの話が出てきます。それもこれもこの先、1,000年、10万年単位で人類が存続できるのであれば、夢物語ではないのでしょう。そんな意味でも、「1万年前」のメンタリティーで生き続けている人類が存続できるかどうかの瀬戸際の時代というのは、あながち大袈裟でも無いのかも知れません。
 そんな中で、たびたび話題に出る宇宙の物理理論(宇宙のグランドデザイン)に纏わる「人間原理」の理屈などは、ちょっと難解な感じでピンときませんし、毎年のように新発見もある量子物理の世界ですから、このジャンルの本にはしばらく目が離せそうにありません。
 最後に「知的生命とは「生きる意味」を考える存在」という一文が、本当にじんと来る言葉です。人類が存続する限り、宇宙も存在し続ける、そんな相互関係があるようなロマンスを感じました。



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